毒を食らわば
 
お前変わったな、と赤髪の同僚に云われてイヅルははっとした。
ぽたりと前髪から血を滴らせて目を上げると彼は何処か淋しそうにイヅルを見ていた。
笑わなくなった、
虚ろになった、
痩せ細った、
……いつから。
イヅルは昔はもっと生意気で意地っ張りで明るかった。
プライドを傷つけられるのが嫌いだった。
それほど強くない腕っ節で、意地を張った。憎まれ口も叩いた。
両親想いで、我が強くて、甘えるのが上手じゃなくて、賢いくせに愚かで。
そんなイヅルが恋次は好きだった。
すべて昔の事だけれど、それでも恋次は云った。
変わったな、と。
 
ギンを知ってから、イヅルは変わった。
死体に怯えなくなったのは、ギンが怖れる必要が無いと云ったからだ。
実戦で躊躇わなくなったのは、何よりギンを守る為だ。
倫理から外れた行為に寛容になったのは、ギンの傍に居たからだ。
ぐずぐずとじぶんが崩れるおとをイヅルは聞いている。
代わりに、ギンが名を呼ぶこえにはいつも心地好かった。
 
「イヅル。」
 
「はい。」
 
「後悔しとるか。」
 
「何をでしょう。」
 
「ボクの副官になったこと。ボクについてきたこと。ボクをあいしたこと。」
 
「例えその結果として死ぬことになったとしても、僕は何一ツ悔やまぬでしょう。」
 
くすり、と微笑が一ツ。
 
「お前は変わったなァ。」
 
赤髪の彼と同じことをギンは云う。
 
「出逢うた時は死にたない、て泣いとった癖に、死ぬことも厭わんようなったか。」
 
「貴方の為ならば。」
 
「かいらし子や。」
 
そうやって微笑むギンにイヅルはひどく弱い。
ぐずぐずとじぶんが侵され溶かされ、融解してゆくことすら許容してしまう。
イヅルは自分の盲従さも愚かさも正しく理解している。
ギンによって毒されていることすら自覚していた。
しかし毒はイヅルにとってどろりと甘く、致死性のものであり、何より依存的だった。
それは酸のようにイヅルを溶かし崩し、緩やかに殺してゆく。
イヅル自身が僅かに分かる程度の緩慢さで、ギンはイヅルを蝕んでゆく。
 
(貴方の為に死ぬことは、貴方の毒で殺されることと変わりないでしょう。)
 
それに気付いてからイヅルは、以前ほど死を恐れなくなった。
ギンをあいしたから毒されたのか、ギンに毒されたからあいしたのかなんて、蕩けた脳味噌では最早判断など出来ない。
けれどどうせ行き着く場所は同じだから。
だからイヅルは躊躇わない。
皿に頭を突っ込んで、浅ましいまでの貪欲さで毒を喰らう。
 
食らっても食らってもあなたの底は見えないけれど。

…………
三番に入ってから絶対にイヅたんは性格歪んだハズ……!
あと色気も増したのは間違いない。狐め。
20101125
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