情事のあとは何時も言いようの無い虚しさで満たされた。
このひとの全ては嘘だ。
そこらに衣服が散らばった部屋で、シーツに包まったイヅルは悠々と煙草を吸うギンを眺める。
イヅルはギンが煙草を吸うことを嫌う。
けれどもこうして傍観しているのは、苦言も底を着いたからで、何よりイヅルはギンが煙草を吸う仕草は好きだった。
こうして眺めているのも複雑ではあるが、満更では無い。
ギンは上半身を起こしているので、寝具から抜け出たしなやかな肢体が薄闇に惜し気もなく晒さらされていた。
きれいなひとだとイヅルは思う。
何もかもが作り物めいていて、表情ですら面のよう。
イヅルはそれを怖いとは思わない。
瞼が重い。
先刻まで行為に耽溺していた身体は緩慢な気怠さに呑まれ、今も気を抜けば意識を手放してしまいそうだ。
ギンとひとつになれることをイヅルは喜んだ。
はしたなくてみっともなくて、どろどろと交われる。
それは何より恥じらうことで、何よりイヅルが求めるものだ。
働かない頭で行為を思い返しても、やはりそれは熱く、蕩けるように甘やかなもので、イヅルは意識も身体も全てギンに任せていたのがひどく心地好かった。
けれどその優しい仕草の一ツ一ツには常に虚構が透けていた。
それがあんまりに空っぽで、イヅルは泣きたくなった。
胸を満たしていた優しい熱とか気怠い幸せみたいなものが、むなしさに圧されてぬるぬると流れ出てしまう。
イヅルは胸に穴が空きそうだ。
「眠いん?」
つん、と肺にへばり付く煙の臭いと込み上げるものが鼻をついて、噎せ返りそうになる。
息を止め、胎児のように身体を丸めて、きゅっとシーツを握り締めた。
それを見兼ねたようにイヅルの髪にギンの指が絡ませられた。
「ええよ、眠っても。」
するすると髪を梳かれた。
温かい指が頭皮をまさぐる感覚が、眠気を更に促した。
霞掛かる意識の中で、その声や手はこんなにも優しいのに、どうしてこんなにも虚構なのだろう。
気付かない振りをすれば良いのだと思う。
そうすればこの空しさだってただの幸せに成り得る。
眼前に広がる空虚に目をつぶって、与えられるものを受け入れれば良い。
このまま意識を手放してしまえば、イヅルはまだ温い幸せに浸かったままでいられる。
それは正しくないのかも知れないけれど不幸でもない筈だ。
「たいちょ……ぅ。」
こんな自分を浅はかだと知っている。
どんなに問うたところでギンが嘘以外を吐くことはないのは分かっている。
僕は虚偽に愛されている。
「僕、はあなたがすきです。」
「うん。」
「本当に、本当にあなたがすきなんです。」
「せや、ボクもイヅルが大好きや。」
「……だから、あなたの傍に居させて下さい。」
「ずっと居ったらええよ。」
「嘘を仰らないで下さい。」
「嘘やないよ、お前は骨に成っても塵に成っても、死んでもボクの傍に居ればええ。」
「ならば、殺して下さい。」
「なんで。」
「あなたが僕を斬らない限り、きっと僕はあなたの為に死ねないでしょうから。」
すう、とギンが煙を取り込む。
その仕種に僅かにどきりとイヅルの心臓が脈打った。
「嗚呼……あかんわ。ボクも眠うなってきた。」
溜め息よりも軽く、紫煙が吐き出された。
依存性のある毒に空気が侵されていく。
イヅルの中の不快感が加速した。
口元を隠したその目と、苦い煙の中、視線が交わった。
「そんなん、つまらんわ。」
ああまた煙にまかれる。
だから煙草は好きではないのに。
「たいちょう、」
「うん。」
「……すきです。」
「うん、ボクも。」
僕は虚偽に愛されている。
けれど、その虚偽を愛してもいる。
だから、嘘でもいいから、なんて思ってしまう。
………………
不毛な関係。
20101125