何時だってイヅルは変わらなかった。
出逢ってから幾ばくかの月日が流れたが、何一つたりとも減りもせず増えもしない。
変わらぬ忠誠、変わらぬ意志、変わらぬ笑顔。

「ずっと、貴方様をお慕い申しておりました」

その言葉のまま、純粋。
穢れも汚れも知らない色。
ボクの傍らに身を置き、その身も心も総てをボクに捧げ、ただただボクの為だけに生きている子。
ボクが彼に死ねと云うのならばイヅルは戸惑いも躊躇も無く素直にはいと肯き、自分の首を切り裂くだろう。

「貴方様は僕の全てなのです」

何時だか彼は本当に純粋な笑みを浮かべてそう言った。
嘘偽りなどを疑う術を忘れてしまうような、そんな心底の言葉だった。
そんなイヅルが、その言葉が、ボクは愛おしくて愛おしくて、――ひどく泣きたくなった。
ボクは元来、誰かを愛せるような人間ではない。
仮に愛したとしても――実際にイヅルがそうだが――それは決して正しい愛情とは言えないもの。
自覚はあるのだ。
自分は人を愛する資格など無いような人間なのだと。
今までそんな事は承知の上で平気で生きてきた。
気にする必要性は皆無だった。
誰かを大切に想うだとか、友情だとか、信頼だとか、そういう他人に対する感情について理解する気も無かった。

他人は他人。
自分は自分。

その距離は近いようで現実は乖離の極みだ。
それならば尊重するべきは己であり、他者に価値を見いだす意味はない。
眼前で、他人が傷つき、壊れ、嘆き、叫び、助けを求めようが、死に至ろうが、
それらが自分に与えるものは一つとして無い。
重要なのは自愛のみ。
其れは自分の全ての言動に置ける基準である理でもあった。

――嫌悪。
傍に置いたイヅルを愛おしいと思えば自己に涌いたのは嫌悪感だった。
自分は他人を大切になど扱えぬ人間なのにこんなにも大切にしたいものが出来てしまった。
当然上手く触れられた訳では無かった。
手酷く殴りもした。
罵倒もした。
イヅルがボクに捧げたその心身共々傷つけたこともあっただろう。
愛していたけど其れは実に酷い愛し方だったはずだ。
大切にしたいのに、大切に出来なくて。
自愛しかしてこなかった報いとして自分以外の誰も愛せなくなったのかも知れない。

其れなのにイヅルはボクを愛してくれていた。

どれだけの傷を刻まれようと、非道い言葉を浴びせられようと、
理不尽に扱われようと、イヅルは最初から変わらなかった。
ただただ純粋にボクを慕う。
悲しくなるぐらいイヅルは何も変わらない。
その純粋さが、不変が居たたまれなくてボクはそんな愛し方しか出来ない自分を呪った。
初めて感じる自己嫌悪は自分がどれだけイヅルを想っているかを身に沁みさせ、
同時に自分の愚かさを痛いほど知らされた。

「ご免な。イヅル」

らしくもなく泣きそうな声で云ったのは何時もの理不尽な折檻の後だった。

「こないな風に傷つけたりしとおない。大切にしたいん、イヅルん事。」

イヅルに縋りつくように抱き締めて、精一杯の言葉を囁いた。
上手く出来ない自分も変わってくれないイヅルも何もかもが耐え難かった。

「守りたいのに。優しくしたいのに。ご免、ご免なァ。愛しとるんよ」

言い訳染みた謝罪を繰り返しながら、いっそ、ボクを罵って、振り払って欲しい、
そのほうが楽だとすら思う。
どうしてお前はそんなにも変わってくれないのだ。
イヅルは不思議そうな顔をして、抱き締めるボクの腕にそっと自分の手を添えた。

「何を仰っておられるのですか」

それは、あまりにも優しい声だった。

「貴方様が僕に謝罪をなさる必要など微塵も御座いません。
貴方様は僕を愛していて下さる。
其れだけで僕は何も要らないのです」

顔を上げたボクに、痛々しいまでの痣を作った顔でイヅルは優しく微笑みかける。
微塵の嘘も偽りも存在しない、純粋な、いつものイヅルの言葉。
変わらない。



変わっていないのに。
透き通りすぎた瞳が濁って見える。

「一目見たその時から、貴方は僕の全てなのです。
だから、貴方から与えられるものが
非難だろうと
苦痛だろうと
憎悪だろうと
最愛だろうと
それが死であろうとしても、其れら総ては僕の幸福なのです」

イヅルの透き通った、底無しの目が優しくボクを映す。
ただただ、イヅルは愛おしげに微笑んだ。
突き詰めすぎた無垢を目の当たりにすれば、
それが狂いに等しいものだと今更のように気付いた。
喉を圧迫する息苦しさを、目を閉じてやり過ごす。

「……イヅルは綺麗やね」

何となく微笑んでひたりと手を添えた彼の頬。
その上で無色を湛えた虚ろむ眼球がはたはたと瞬く。
其の眼に宿るのは、忠誠か、盲従か、愛か、狂気か。

何処かでイヅルの異常さに安堵している自分が居るのを、密やかながら理解していた。

(おかしなボクには、狂ったキミがお似合いなのだと。)


………
病みまくりギンイヅ。

 

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