イヅルはよく菓子を食べる。
八ツ時になると、ひとが変わったように嬉々とした表情で菓子を口に運んだ。
餡蜜に漬けた心太は勿論、豆大福、羊羹、御手洗団子、きんつば、饅頭その他諸々。
季節によっては柏餅とか、あられとかお汁粉もあるし、洋菓子だってしょっちゅうだ。
イヅルはあんな細い身体の何処に入っていくのか不思議なぐらいによく食べた。
だからなのか、イヅルはいつもふわりと甘いにおいを漂わせている。
昼間は仕事にご執心で、合間の休息はお菓子に夢中。
ボクとしては面白くない。

「ボクも食べたい。」

伸ばした手をぴしゃりと跳ね退けられる。

「駄目です。これは僕のです。」

綺麗なかおをしているくせに、意外とイヅルは意地汚い。
今日の恋敵は、湯気を立てる鯛焼きだ。
大方、阿散井辺りからの差し入れだろうと思うと尚更憎らしい気もする。
一匹が皿を離れて、先ず頭が無くなった。
鯛焼きは尻尾から派のボクとしては、何となく微妙な気持ちだ。
はむりはむり。
薄い唇がこんがりとした生地を食んで、次々に咀嚼していく。
甘いにおいが鼻をかすめる。

「イヅルだけ菓子食うて、ボクは食うたらあかんてヒドイわ。」

「自分の分をご用意なされば良いじゃないですか。」

「用意も何もこないに目の前にあるんに。」

「だから、これは僕の御八つです。」

「甘あて美味しそやねえ。」

「ちょっと、隊長。」

ボクは机に身を乗り出して、無邪気に首を傾げてみせる。
イヅルはあからさまに眉根を寄せて、鯛焼きを庇うそぶりを見せた。

「ん、ええにおい。」

「……何してんですか。」

訝しげにイヅルが尋ねる。
鯛焼きを無視して、ボクはイヅルの死覇装の重ね目に鼻頭を突っ込んでいた。
ふんふんと犬のように胸元に嗅ぎ付くと、イヅルはくすぐったそうに身をよじらせる。

「こないに美味しそなにおいさせとったら、食べたなる。」

ボクの甘えた声にイヅルは合点がいったとばかりに、呆れ困った顔をした。

「真っ昼間から止めて下さい。」

「せやかて今は八ツ時や。ボクも甘いもの食べたい。」

「じゃあこの鯛焼きを上げますから。」

「や、イヅルのが美味しい。」

非難めいた声に知らないフリを決め込んで、そのまま体重をかけて追いやった。
鼻を鳴らしてイヅルに覆いかぶさるボクはお腹を空かせた動物みたい。
あまぁい、あまぁい、イヅルのにおいがボクの食欲をそそる。
白い顎に手を宛がって上向かせる。
未だ戸惑ったままの彼の薄い唇を開かせて、捕まえた舌を食らった。
溢れる唾液や柔らかい舌が無条件に甘いものだから、うっかり食いちぎってしま
いたくなる。

「なんやろねぇ。何時も菓子ばっか食いよるせいやろか。」

「ふっ……ぅ。」

咥内を堪能し終えると、ボクは白い手を掴んで持ち上げた。
イヅルの手は、細くて華奢でとてもきれい。
形の良い爪に口付けて、輪郭に沿って舌を這わせた。
時折少し震える様が舌先によく伝わって、なんだか怯える獲物を食べようとしているみたいに思えた。
獣のよう、というのもあながち比喩じゃないかも知れない。
悪戯心に食んだ指に歯を立てた。
途端に驚いたように指が跳ねて、イヅルが息を詰めるのが聞こえる。
ボクの犬歯がイヅルの指に食い込んだ。

「っ!」

口の中にじわりと広がった赤い味を、どうしようもなく甘いと感じる。
熱っぽい傷口を吸うと濃度が増した。

「隊、長。」

彼の指をしゃぶりながら、目を上げる。
やや揺れる青い瞳。

「僕を食べるんですか。」

「…………。」

真っ青なそれが飴玉に見えたのは、この香りのせいだろうか。

「ひ、ぃッ!」

滑らかな目玉は舌触りがすごく良かった。
前髪を掻き上げ、細い輪郭を両手で包んで、突き出した舌で舐めあげる。

「つ″っ、いぃ゛ッ!ッぃあ!」

舌先が中央に触れた。
イヅルはこどものように激しく顔を振る。
逃すまいと舌で追った。
声に悲鳴じみたものが混じり、ボクの腕の中で抵抗する力が増す。
それらすべて押さえ込んで、イヅルの眼球に舌を這わせる作業にボクは夢中になった。

「ぃ゛、いたいっ!っうぅ、……ったいです、たい、っちょお!」

縁から滲む水分も、這わせた舌にひどくあまく、その裏側まで味わってしまいた
い衝動に駆られる。
代わりに下ろそうとする瞼に舌を潜り込ませた。
散々表面を舐め回し、最後に長い睫毛の味を確かめてから、漸く舌を離した。
泣き腫らしたようなイヅルの目から、つ、と一雫、頬を伝っていった。
ボクは嘆息するように呟いた。

「せやね。」

突飛だが良い考えだと思った。
一つ、ごっこ遊びに興じよう。
けもののまねごと。

「うん、食べたげよ。」

あまい。
あまい。
あまい、イヅル。
彼を造形するすべては、砂糖菓子のよう。
イヅルの何もかもを、一欠けら足りとも余す事ないすべてを喰らったとして。
そして、残されるのはえもいわれぬ甘味だ。
咀嚼し、喉奥に落ちて行ったとしても、きっとボクは何度もそれを反芻するだろう。
そして、それを決して忘れないのだ。

いづるの、にく。
いづるの、ほね。
いづるの、けつえき。
いづるの、ゆび。
いづるの、はい。
いづるの、いづるの、いづるの。
あまい味。あまい香り。
慎ましく甘美なそれをボクだけが知る。
それは脳髄が蕩けるように、何処までも甘ったるいしあわせ。

不意にイヅルが身体を起こしたのに、ボクは反応出来なかった。

「ん、」

同じもので唇が塞がれた。
先程のボクを真似るように舌が差し込まれて、搦め捕られ、執拗に舐められ、掻き回される。
熱くて甘くて、頭の奥からぐずぐずと溶け出てしまいそう。
絡み合う度に滲む味は驚くほど甘美で、抵抗するのも戸惑うのも止めてボクは思考を棄ててただ酔いしれてしまう。
為すがままに舌を蹂躙されるのも、今なら悪くなかった。
やがて舌先に糸を垂らしたイヅルが、ボクに綺麗に微笑んだ。

「味見、と云ったところでしょうか。」

「ボクはイヅルの御八ツやあらへんよ。」

「ええ。僕を喰らうのならば、臓腑から骨まで喰らうのでしょう?」

ぜんぶぜんぶ、すべてがあなたの腹の内。

「あなたの一部に成ると云うことは。あなたの味に成ると云う事ですから。」

下見みたいなものです、なんてしたり顔。
全く、彼を見誤った気がする。

「食えへん子やわ……。」

「ふふ、さて、御味は如何でした?」

「なん、もうボクお腹いっぱいや。」

砂吐ける程、ゲロ甘いわー。
にこにこ少し赤い目を細めて微笑む、ボクの副官。
その顔を見る限り、どうやら遠回しにお預けにされたらしい。
部下にしてやられるなんて市丸ギンも随分ほだされたものだ。
仕方がないので、彼を引き寄せてもう一度だけ優しく瞳を舐めた。

……………
あまいほのぼのゆるくかにば、みたいな。(どんな)

20101212.
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