どうしようもないことは、どうしようもない訳で、だから僕は今日も無意識と不感症の類似品を引きずって生きています。
あんなやつはさっさと忘れろと皆は口を揃えて言って、僕にとても優しくしてくれました。
そんな皆の為にも僕は精一杯元気になろうとしていました。

「大丈夫ですか、副隊長。」

「嗚呼、大丈夫だよ。」

僕は努めて明るく正常に応えます。
頭痛も眩暈も吐き気ももう途絶えることを知らないし、胃は何にも受け付けなくて、脳味噌を掻き出したい衝動にずっと駆られているのです、けれど。
どうにも滲み出るそれらを隠しきれなかったようで、附に落ちぬ顔をして彼は云いました。

「率直に申し上げまして、最近の副隊長は見るに耐えませぬ。……あのようなことがありましたのですから、副隊長の心中御察し致します。どうか無理をなさらず……。」

彼に心配をかけてしまったことが大変悔やまれます。
薄っぺらな作り笑いを以って返して有耶無耶にしようとしたら、嗚呼これではま
るであの人と同じじゃあないかと僕はまた首を吊りたくなりました。
 
たいちょう、たいちょう。
いちまるたいちょう。

あのひとを想わなかった日はありません。
けれど彼のひとはもう居ないのです。
だから僕はそれを受け入れて、はやく立ち直るべきなのです。

どうして、なぜ、ああ、たいちょう、いない、ちがう、ごめんなさい、こんなにも、だって、ねぇ、いちまるたいちょう!

頭の中でぐるりぐるりと渦を巻く、貴方あなたアナタあなた、が離れて消えてはくれないのです。
己が未練がましいのか、彼のひとの支配は之れ程までに絶対であったのか。
嗚呼、いっそこの頭を切り落として、この狂おしい郷愁から何まで考えられなくなりたいとさえ思います。
所詮、もう逢うことは叶わぬ身です。
飽和する感情に耐え切れず、自らを終わらすことを選ぶのも、そう遠くはない気もしました。

忘れるのを待つことと、終えるのを選ぶこと。
けれど、どちらも差違はありません。
失うことに変わりはなく、ぼくは、ぼくがあのひとを失くすのを待っています。

あのひと。

弱くなくて、愚かじゃなくて、不恰好じゃなくて、非道じゃなくて、冷たくなくて、
ぼくにとって必要で不要でたいせつなひと。

記憶が薄れるのを、己が終わるのを、ただただあのひとの帰りを待つように、ぼくは待っているのです。

そして、ぼくは間違いなく忘れていました。
裏切ったのはあのひとです。
見捨てたのは隊長です。
置いていったのは、あなたです。

「また痩せたなァ。」

市丸隊長。
あなたの、底意地の悪さ。

「イヅルはな、ずうっとボクのこと愛してなあかんよ。」

そう笑う彼の人は、余りにも理不尽で、ひどく理にかなっていました。
だってそうでしょう。
あなたが僕を愛さなくなっても、所詮僕はあなたしか愛せないのですから。
肉の薄くなった身体に手が這ってゆき、じゅるり、と唇を吸われました。

あれから数え切れない夜を越して、月の色があなたによく似た頃、僕はようやく今更だ、と呟きました。

「お前にはどちらも選べへんよ。」

笑み裂く唇は、いつまでもそれを笑っているのでした。

…………
けっきょくは、誰もがさみしいのです。
 
20101212.
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