馬鹿な男ほど愛おしい


逃げる。不安にさせる。見ないフリをする。意地悪をしない意地悪。
埋もれて、満たされて、隙間も無くなるぐらいイヅルの頭がボクでいっぱいになるように.
だってイヅルがだいすきだから。

そして、ボクのこと駄目なひとって叱りながら愛してよ。


「このロクデナシ。」

前置きも無しに罵倒された。
ぐいっと麦酒を煽り、まだまだアルコールに快勝中のしっかりとした眼差しがボクを睨みつけた。
飲み屋の淡い明かりが、彼女の睫毛に乗っている。
ボクは不服に口を尖らせた。

「なんでそないなこと云われなあかんの。」

「あんたね……ああもう、いっぺん死んだら良いのよ。」

豊かな髪が掻きむしられる。
どうやら本格的に苛立っているようだった。
ボクが話せば話す程、乱菊が不機嫌になっていくのは目に見えてはいたんだけれども。

「自覚無いなんて本当に質悪いわ。」

「自覚、てなんやの?」

「あんた本当に吉良が好きなの?」

「好き好き大好き。食べちゃいたいぐらい愛しとる。イヅルのかいらしさと云ったら懐にしまって持ち帰りたなるぐらいや。」

「……即刻、投獄されるべきね。」

「厭やなァ。言葉の綾やて。」

ひらひらと手を振るボクとは対照的に、額に手をあてて乱菊は溜め息を吐いた。

「と云うか、あんたねえ。」

「なん?」

乱菊は色んなことを知っている。
それこそボクの知らないことから分からないことまでなんでも。
だからボクは乱菊に相談するのだけど、彼女はボクに何も教えてくれない。
寧ろ当たり前の質問をしてくる。
さらっとボクがそれに答えると、乱菊は呆れるか怒るかした。
いつもそんな風だから、今日も彼女はなにも教えてくれないだろう。
だから、


(あれ。
なんでイヅルそんな顔すんの。
なんで何にも云ってくれんの。
なんで追いかけてくれんの。
なんで叱ってくれんの。
なあ、イヅル、なあ、なあ、
なんで?)


イヅルが不安で、寂しくて、怖くて、可哀想なぐらい怯えてても。
自分に何か非があったんじゃないか、って夜も眠れないぐらいに悩んでても。
ボクの馬鹿げた演技を真に受けて、自分を責め続けていても。
ボクの為に泣いていても。
でも微塵も外に出さないで、外見取り繕って、心を削ってても。
それをボクは知らない。


それでもボクが彼女に相談するのは、どういう訳か問題が解決してしまうから。


「取り敢えず、あんたは吉良ンとこ行きなさい。瞬歩で。」

「え、やけど。」

「多分、三番隊舎の執務室にひとりで居るんじゃないかしら。」

「もうとっくにお仕事終わっとんのに?」

「それで吉良に二、三発殴られれば良いのよ。」

「なんでそうなるん!?イヅルやから別に良えけど!」

「四の五言わずさっさと行け。」


酔いの回りはじめた双眸にぎろりと睨まれては、ボクは店を出るしか無かった。

「因みにあんたの奢りね」

と問答無用で勘定の支払いを一任された。
あんな馬鹿の何処に惚れたのかしら、との呟きはボクには届かなかった。

 

…………
乱菊姉さんはギンイヅの被害者であり良き理解者です。
しかしたいちょが幼児退行し過ぎたか。

江戸峰様、許可無しにサイト名使用してしまってすいません素敵だったんです。

20110215.

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