とある穏やかな春の日であった。
三番隊は隊員の九割が市丸ファンと云う市丸至上主義隊である。
その筈である。
入隊したて、新人ほやほやの青年は、目の前の光景に首を捻る。
 
「な、イヅル。ちょこっとでええねん。ボクの我が儘聞いてぇな。」
「嫌です。貴方の我が儘にはほとほと愛想が尽きました。」
「こんなん、可愛らしいモンやないの。」
「と云うか、貴方に愛想が尽きました。」
「いやあ!そないなこと言わんといてイヅルぅ!ほなら、お願いでどうや?」
「同じじゃないですか!」
 
白昼堂々、執務室で言い争う隊長と副隊長。
吉良イヅルと云えば市丸の為なら命を賭すことも厭わぬと云う、護艇きっての市丸の忠臣である。
その吉良が、市丸の云う事を拒否するなど。
かくいう新人も市丸に魅せられ三番を希望した口であるので、隊長様の頼みなど寧ろ光栄なぐらいである。
それにである。
この際、市丸の隊長と言う地位を差し引いても、浮かべる表情は笑み一つ、言動は飄々として真意が見えず、要するに何を考えているのかされるのか分からないけど、取り敢えず嫌な予感しかしないのが市丸ギンという男だ。
真っ正面からものを言うなんてとんでもない。
要するにおっかないのである。色々と。
そもそも、此処は三番隊だ。
市丸が是と言えば是。
市丸が否と言えば否。
それが市丸至上と名高い三番隊ではないのか。
食い下がる市丸に、吉良の声は収まるどころか段々と熱を帯び、終には一方的な罵声まで飛んで来た。
なかなかに遠慮の無い言葉なので、仕事片手に見守っていた新人隊士は肝を冷やす。
市丸の伝説と言う名の悪評の中でも、彼の気まぐれさは飛び抜けて有名である。
今こそにこにこ(にたにた)笑ってはいるけども、いつ何の拍子で刀に手が伸びるか新人は気が気ではない。
そうこうしていると、ごほんと大袈裟な咳ばらいがひとつ。
それは見るに耐え兼ねたらしい三席のものであった。
その表情は、真冬の氷原のように何処までも冷たく厳しい。
三番隊の席次の高低は市丸への熱意で決まるとは、学院でも護艇でもまことしやかに囁かれる話。
一説によると、五席以上の自室は隊長グッズで埋まってるとかいないとか。
そんな市丸大好きナンバーツーが、隊長様への暴言に黙ってられないらしい。
 
「……良い加減になさいませ。」
 
うわああああ、怖ああああ!
隊長格に及ばずとも、上席ともなればその霊圧の鋭利さは死線をくぐり抜けてきたそれ。
実戦など片手の指が余るぐらいの、ひよっこも良いところな新人にはちょっぴり、いや、かなり辛い。
 
「貴方ともあろう御方が、そのような愚行を部下の眼前でしでかすとは何事です。」
 
双眸を細め、静かに言い放った三席の言葉に、一気に室内の空気が凍り付く。
その迫力に新人が怯えていると、立ち上がる三席の勢いに乗じて、他の隊士らも口を開きはじめた。
 
「……三席の仰る通りです。これでは下のものに示しが付きませぬ。」
「全くです。上官としての立場を御理解して頂きたい。」
 
辺りを見渡せば、一様に彼らの同志であることが伺えた。
まさに副隊長への無礼も厭わぬ、隊長愛。
これが三番隊か……!と新人はその団結力に謎の畏怖。
 
「君達は……!」
「上官にそんな口きくなん、ええ度胸しとるなァ、お前ら。」
 
吉良を制して、三席らに笑いかけるは我らが市丸隊長である。
前方の市丸。左右の隊士。孤立する吉良。
暖かな日差しも凍り付く、険悪極まれりな春の午後。
執務室内の体感温度は極寒仕様。
しかも特典として隊長様の本気の開眼付き。
哀れ新人は、遂に部屋の隅っこで、がたがたぶるぶるにゃーにゃーである。
嗚呼、副隊長危うし。
新人は、なむなむ!と吉良のせめてもの存命を祈って合掌する。
一拍の後、市丸の怒声が響き渡った。
 
「イヅルに一番似合うのはなーす服に決まっとるやろがああああああ!お前らの目ぇは節穴かああああああ!」
 
新人の頭に疑問が浮かぶより早く、三席の凜と張った声が飛ぶ。
 
「お言葉ですが!吉良副隊長のあの白く美しいうなじを最も映えさせるのは着物であると云うのが隊士一同の意見であります。」
 
キリッとした顔でうなづく三番の面々。
 
「阿呆か!黒い死覇装にこそ襟足から垣間見えるうなじが映えるんやろ!」
「着物には死覇装には無い裾チラと言うものがあるのをお忘れではありませぬか?何とは無しに裾から覗く副隊長のおみ足の美しさと言いましたら!」
「大体隊長のなど、こすちゅーむぷれいでしょう!風俗じゃあないですか!現世行って下さいよ!現世!」
 
真面目一辺、堅物の五席。
どうやらコスプレ否定派の模様。
 
「イヅルが着るなら、こすぷれも本物を越えるんや!しかも元四番やからなァ、そらぁ誂えたように似合うで!ていうか誂えとんのやけどね!」
 
市丸が何処からか取り出したるは、仕立てたらしいナース服である。
しかも白青桃の三色セットである。
隊長様はナースフェチ。
一方、隊士らと云えば、市丸に負けじと着物を熱く語る者。
その妄想の果てに机に倒れ伏す者、などなど。
ゴゴゴゴゴと一気に上昇したその室内の熱気は、現世で年に二度開かれるというお祭りに酷似していたりする。
これが三番隊かぁ……と新人の目線はちょっと遠い。
 
「僕は嫌だって言ってるのに……着ないって……着ないから……!」
 
市丸から逃れてきた吉良がぐすぐすと呟いた。
体育座りである。
 
「ふ、副隊長。」
「あぁ、入隊早々こんな所を見せてしまって、すまないね……。」
 
申し訳なさそうに吉良が云った。
ぶっちゃけてしまえば、入隊早々先行き不安である。
しかし、新人は慌てて首を振る。
 
「い、いえいえ!評判通りの団結力に感動したぐらいですよ。」
 
嘘では無い。相当イメージと違う方向だっただけで。
にっこり作り笑いの端が、ぴくぴく引き攣る。
なにせナース服に着物である。
しかも副隊長である。
確かに色は白いし、線も細い。
こうして間近で見てみると、存外睫毛も長いのだけども、やはりどう見ても男性。
ナース服とか着物姿(話から察するに女物)、なんて発想は間違っても無いよなぁ……なんて新人はまじまじと吉良の横顔を眺めてしまう。
すると、不意に吉良は、微量の憂いを含んだ顔で新人に微笑みかけるのだった。
 
「今日は恥ずかしい所を見せてしまったけれど……これから、宜しく頼むよ。」
 
その瞬間、彼の中の何かが落ちた。
ラブストーリーは突然なのである。
 
 
その後、居酒屋にて「チャイナ服が良いと思うんです」と先輩に語り、隊士間に新たな風を吹き込んだ彼は、既に立派な三番隊士なのであった。
 
 
…………
みんな126に落ちるのが三番のお約束!とか素敵だよね。(入隊したい)
因みにたいちょの趣味は和一の趣味。イヅイヅナース!

(20110511.)
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