部屋に戻ろうと、襖を開けるなり殴られた。
ぐらりと揺らされた頭で隊長を認識して、嗚呼またか、とだけ思った。
堪らず畳に倒れ伏すと、間髪入れず腹の柔らかい場所に蹴りを入れられた。
一片の手加減も無い足蹴に、息を詰まらせる。
続けざまに蹴飛ばされ、奥の壁まで転がされた。
顔を天井から背けた途端、嘔吐した。
醜悪な音と共に胃の中身を畳に撒き散らす僕を、隊長は能面のような顔で見ている。
一旦暴力は止んでいたが、その堅く握られた拳は次の行為に備えていた。
こういう時の隊長からは、いつもの余裕ぶった笑顔とかが消えている。
それだけで何故か殆ど別人だ。
だから笑い顔で僕は隊長を隊長と認識してるのかもなぁ、なんてぼんやり考えたら何か少し笑えて、そしたら予備動作無しに顔面に一発食らわされた。
今日は普段より一層乱暴だ。
息も整わない内に、荒々しい手つきで前髪を引っつかまれて、膝立ちの体勢を強制される。
身体は力が入らないので腕はだらんと垂れ、こめかみの頭皮が引っ張られて痛かった。
う、と僅かに呻きが漏れた。
途端、思い切り頭を壁に打ち付けられた。
頭蓋と壁のぶつかる音と、一拍遅れて鈍痛。
口からは唾液とか吐いたものが垂れ、気付くと鼻からもぬるりと液体が這い出してきてて、畳を汚していた。
ぐい、と顔が近付けられ、静かな息遣いで食い入るように顔面を見詰められた。
至近距離で見る隊長の顔は、吃驚するぐらい無表情のくせに開いた目だけが異様にぎらぎらしてて、そこだけが生きてるみたいだった。
毎回思うけどこんなぐちゃぐちゃになった顔を見て何が楽しいんだろう。
いや、楽しくはないのかも知れない。
こんなに無表情だし。
隊長は何も言わない。
感想も要求も漏らさず、ただじぃ、と僕の顔を見詰めるだけで時間が過ぎていく。
僕は段々とこの体勢に限界を感じてきた。
口を開こうとした途端、察したかは知らないが、突然手を放され、隊長の足元の畳に顔をしたたかに打ち付けてしまった。
痛みのあまり一瞬意識が飛びそうになる。
幸い気絶こそしなかったが、神経が痛みを意識している状態が続くのは辛かった。
だからと言って意識を失えば、起きるまで殴られ続けるだろう。
実際、気絶した時はそうだった。
その時は、馬鹿みたいに全身痛め付けられていて、終わった後は歩くどころか指一本動かせなかった。
外傷も半端では無く、周りを誤魔化すのに骨を折った。
どうせやるなら後先考えてやってくれれば良いと思うが、隊長はそんな事を気にしてくれない。
何時だって脈絡無く、突発的で、理不尽だ。
けれどこの時だけは、彼にも確かに感情があることを実感した。
高ぶりも沈みもしない能面の裏で、静かに渦巻く激情。
僕はこのひとを知らない。
何も知らないのだ。
何を嘆き、何に憤り、何にそこまで絶望しているのか。
それは彼しか知り得ない。
誰も知らない。
ひっそりと溢れる激情の存在だけを、僕は身を以って知っている。
 
「何、笑っとんの。気色悪い。」
 
このひとは、このひとは、
殴られた。
蹴られた。
絞められた。
斬られた。
叩かれた。
とても痛い。
泣きたい程。死にたい程。
でも、これは僕のじゃない。
 
「たいちょう。」
 
受け止められるかなんて、知らない。
××とかそんなんじゃないから。
このひとにそんなことは出来やしない。
 
「御望みならば、殺したって構いませんよ。」
 
与えられるのは、あなたの痛みだけ。
それなのに愛しているかと問われたら即答できてしまうんだから、僕の頭も相当壊れてるなあ、と他人事のように思った。
 
 
(20110530)
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