都合の良い身体
 
「慰めて」

ふらりと現れたかと思うと、何のお構いも無しに僕をベッドへ押し付けて、彼はそれだけを言った。
僕が何かを拒絶する前に、噛み付くようなキスをされる。
当然抵抗したが、体格差にものを言わせて市丸さんは僕を離してくれない。

「放し……っ!」

無理矢理、且つ何処か丁寧に引きはがされた服が、シーツや床に落とされる。
手慣れた動きが、僕の腕を頭上で纏める。
半ばのしかかるように僕の足の間に身体を滑り込まされると、拒否する口と、批判する目線以外の抵抗を奪われた。
今度は優しく宥めるようなキスで以って、僕の篭絡に取り掛かる市丸さん。
絡む舌の柔らかさに反して、髪や腹や太股を撫で回す指は骨張っていて固い。
卑猥な音ともに呼吸が解放され、息を着く僕を見下ろす市丸さんはにんまりと笑んでいる。
返した不服の視線も、この人には何の意味も持たない。
掴み所なんか無い。
自分勝手に現れて、抱いて、去って。
市丸さんが口を開く。

「ボク、フラれてもうてん。タイプの子やったのになぁ」

さみしい、さみしい。
だから、いづるがなぐさめて。

勝手だ。
どこかのおんなの香りをさせて。
こんなの嫌だ。
ぼろぼろとみっともなく僕が泣き出すと、市丸さんは笑顔を嬉しそうなものにした。
頬を滑る液体は、長い舌に舐め取られた。

「嫌です……きらいなんですよ、あなたなんて。だってこんなの」

中に押し入られて、こえが上がる。
いっそ、それらしくぐちゃぐちゃにしてくれれば良いのに、市丸さんは決してそういうやり方はしなかった。

「嘘つきやなぁ、イヅルは」

くすくす、と降り懸かる笑みは悪戯。
開いた足を撫でられ、髪を梳かれ、中を穿たれ、口づけを落とされる。
あぁ、と悦びに鳴いてしまう。
こんなにひどいのに。

「嫌なんて言わせへんよ」
「合意の上、だとでも?」
「そうやろ。何や、違うんか」

ひん曲がった口がそんな戯れ事を。

「冗談じゃない。僕はこんなものを望んでない。これはただの、……あッ」

思わず声が上がった。
ぬるり、と蛞蝓のような指が、舌が。
肌の粟立つ感触を伴って、僕を侵す。
気持ちの悪さに歯を食いしばりながら、また涙腺が緩んだ。
この男は、僕が嫌がる様子を大層喜ぶ。
僕が拒否すればするほど、泣いて嫌がれば嫌がるほど、市丸さんは機嫌を良くした。
質が悪い。

「僕は……あなたを好いてなんか、いない」

途切れ途切れの拒絶。
 
ほら。
狐のような笑みが、極上の愉悦を湛える。
 
「せやな。イヅルはボクを
愛してるんやもんな」

ずくりと挿し込まれた其れが、奥で熱く弾けた。
僕は市丸さんの身体に手を伸ばす。
流し込まれる熱に呑まれぬよう、必死に目の前の身体にしがみつく。
せめてもの意趣返しに、背に爪を立て、赤い痕を引いた。
つよく、背に爪を食い込ませる。
いたいいたい、と男は笑う。

「そないいけずすると、またボクどっか行ってまうよ」
「誰も好き好んで、あなたの相手なんかしたがらないでしょう」
「おまえ以外はな」
「あなたみたいなのを、あいしてなどやるものか」
「おまえぐらいや。ボクみたいなのをあいせるのは」

そしてとろり、と零れた瞳の赤色には、いとしさのようなものが含まれている、なんて、どうか気のせいであってほしい。
それか、一時の気の迷いか。

「だから、ボクはいつでも、最後にはイヅルのところへ帰ってくるんよ」
 
 
なんて、不愉快で、耳障りのいいことば。
けれど、それだけが今のところ真実であるのだから、眼前の男に殺したいほど嫌気が差す。

それから逃げられない自分は、死にたいほど嫌だった。
 
(20110620)
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