「あなたさまを、御慕い申しております」
 
控えめなくちが、ぽつりこぼした。
どこまでも真摯な言葉をギンは鼻で嗤う。
 
「お前にしてはおもろいことを云うな」
「冗談ではありません」
「嘘やなければ何」
 
薄い碧眼がそろりとギンを見上げる。
 
「本心です。心から僕は隊長を想っております」
「笑い話にもならん」
 
取り付く縞も無く一蹴され、イヅルの華奢な肩がすこし震えた。
 
「何故、信じて下さらないのです」
「どないして信じろ云うんや。そないな絵空事」
 
ろくでなしにひとでなし、鬼畜と外道と畜生と。
ギンを形容する言葉の数々。
おまけに何一つ間違いではないと保証するのはギン自身だ。
そんな人間を誰が好く。
 
「イヅル」
 
ぬるりと滑らかに名を呼んでやる。
独特の威圧は鼓膜を撫でられるかの如くイヅルに響く。
 
「……はい」
 
しかし名を呼べば何時だってイヅルは素直に返事を返す。
ギンが好ましいと感じるイヅルの美点だ。
ギンの感覚が正しければその死覇装の下の肌は粟立っていた。
ほうら。おそれている。
 
「ボクがこわいか」
 
こわいやろ、こわいよなァ、やってこんなに震えとんもんなァ。
分かりきったこととギンは揶揄う。
イヅルは必死に首を振る。
献身的ですらあるその姿、だが寧ろギンは嗜虐心を煽られた。
なるほど。これは外道と云われる。
ゆるりと上げた片腕。
黒い袖から伸びるゆびが、するりとイヅルの薄い口唇をなぞった。
途端、イヅルが赤くなりギンは笑った。
ギンを好きだと云ったくち。
己を慕うと云ったくち。
 
「ボクが好きか。イヅル」
 
本心ならば、気違い染みている。
 
「お前、あたま壊れてもた?」
 
笑えもせぬが顔だけはにたりと嘲笑う。
至近の笑み。
霊圧だけが濃く周囲に絡み付き、かちかちとイヅルの合わぬ歯の根が鳴っている。
 
「そない震えて……可哀相、可哀相」
 
逃げたらええよ。
舐めるように囁くと逃げたりなどいたしません、と吐息のようなこえが答える。
 
「強情な奴やな」
 
くつくつと喉を鳴らす。
イヅルは笑わない。
今にも泣きそうな顔を引き締めてギンを見る。
猫を撫でるこえでギンは云う。
 
「なににそれほどこだわる、イヅル」
「あなたさまをお慕いしているのです」
 
どこまでも真摯にイヅルは答えた。
その姿は哀れで、哀れで、どうしようもないぐらい哀れで。
いっそ、愛おしささえ感じるほど。
 
「ほんなら傍に居ったらええよ」
「え?」
「なんなら愛してあげる」
「宜しいのですか」
「うん。そんで自分がどんだけ間違っとったのか身を持って知ればええわ」
 
くちで云うよりそっちの方が楽しそうやしなぁ。
骨のような肢体をころりと畳に転がす。
手始めにと、口づけをひとつ。
 
「可愛そうなイヅル」
 
何もかも戯れに過ぎないと。
 
 
 

思い出したように口にした。
 
「ボクはあの子が好きやったんや」
 
骨のように白い部屋。
同じような白い服を纏った腕でひとりギンは俯いた髪をかき上げた。
 
「イヅル」
 
彼はギンを選んだ。
ギンはそれを間違いだと笑った。
正気の沙汰では無いと今でも思う。
けれど。
彼以外にだれがそれをしただろうか。
彼以外のだれかがギンを選んだろうか。
誰もいない。
最初から最後まで彼にはギンだけで、ギンには彼しか居なかった。
そしてそれは多分、今も。
共に居た頃、彼の気持ちを知りながら何一つ汲んでやることなどしなかった。
気遣うこともなくただ誤った彼を嘲った。
そうして分かりきった偽の愛だけを与えて彼が望んだものを打ち壊して。
酷い仕打ちだ。
離れなければきっと己は分からなかった。報わなかった思慕をふと回顧して、今更のように気付くなんて。
もう遅い。
もう遅い。
呼んだ名の存在は既に遠い。
 
「お前がボクを選んだのは間違いや。だけど、ボクがお前を選んでたら」
 
きっと、間違いじゃなかった。
そんなことにも気付けなかった。
 
「好きや。お前が好きや、イヅル……」
 
今ならあの子が望んだすべてを与えられたろうに。
 
 
(お願いやから、いつもみたいにはいって云って。)
 
(20119025)
 
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