一週間。
これはギンが出張で少しばかり遠くへ出掛けていた期間である。
つまりイヅルに会えなかった期間である。
なのに。
 
「あ、おかえりなさい。隊長」
 
戸を開ければあんまりにも淡々としたイヅルに迎えられた。
イヅルが駆け寄り、お疲れ様でしたとさっとギンの荷物を受け取る。
そのままイヅルは踵を返しすたすたと居間に行ってしまった。
渡そうとしていた土産も一緒くたに持って行かれた。
ひとり、玄関に残された。
一週間だ。
一週間も会えなかった。
待ち兼ねた瞬間だ。
ギンは嬉しくて仕方ない。
なのにイヅルの態度はまるで普段通りにギンが帰ってきたかのよう、否、普段よりも素っ気ない。
 
正直な話、ギンは一週間もイヅルと会わずに耐えた自分を褒めてやりたいと思う。
何せ出張中、「もう仕事ほっぽりだして帰ったろかな」「せめて顔だけでも見に」なんて考えを延々としていたのだ。
実行にこそ移さなかったが(後に色々と難有り)、半分以上は本気だった。
慣用句的に言えば、もう飽きるほど長い間ギンとイヅルは一緒にいる。
だがこれがどうしてなかなか飽きない。
死神の人生も長いのでそりゃあ山もあれば谷もあったが、最終的にそれらは全て二人の関係の肥やしと成っている。
そういうわけで深みに嵌まることの留まることを知らない。
可愛いあの子はいつまで経っても可愛い。
すでに万は囁いたであろう好きも愛してるも実はまだまだ言い足りない。
そんな風にギンはイヅルにめろめろであった。
さて待ちに待った夕餉である。
 
「あー……この一週間どうやった?なんかあったか?」
「別に普通でした」
「……そか」
「強いて言えば六席が食べ過ぎで少し寝込みました」
「あー……うん、あいつか。またかいな」
「四番隊で薬を処方して頂きましたので明日には復帰できるかと」
「ん、あー……どうせ今度もどっかの女の子にふられたんやろ」
「今回は四番隊の看護師らしいです」
「へー……。あ、あぁ、ほんでやけ食いして腹壊して四番さんて阿呆やな」
「そうですね」
 
あはは、と笑うのはギンひとりである。
イヅルは黙々と箸を動かす。
こんな話したい訳じゃないっちゅうねん!
内心ギンはじれったさに悶絶していた。
六席の話とか心底どうでもよい。
もっとこう、隊長のお帰りが待ち遠しかったです、せやなボクもイヅルに会いとぉてしゃあなかったよ、やっぱり隊長が居ないと駄目ですね、なんだか物足りなくって、うんうん、ただいまのちゅーしてイヅル、あ……はい、お帰りなさい隊長、ただいまイヅル、今夜はようさん愛し合おうな、とか。とか!
とにかく耳が蕩けて蟻がたかりそうなほど甘い語らいをギンは期待(予定)していたのである。
少なくともイヅルに自分不在でさみしかったと言って欲しかった。
何故ならギンはイヅルに会えなくてすごくすごくさみしかったからである。
それならお前から言えばよいだろうと、賢明な読者は思うかもしれない。
だがしかしギンも男だ。しかも年上だ。
いつもいつも自分ばかり年下にでれでれしているのも、何だか情けないと思うのである。
けれどイヅルはさみしいどころか、ギンの帰宅に嬉しそうな顔さえ見せない。
 
(もしかしてこないに好きなんボクだけでイヅルとしては倦怠期なんかに突入しとんのやろか……)
 
さみしくて死んじゃいそうやボク。
この際もう言ってしまおうか。
皿を空にする間もギンのプライドはぐらぐらと揺れていた。

食事が終わり、片付け、風呂とあったが相変わらずイヅルは素っ気なかった。
あわよくば久々に二人で背中の流しっこ、なんてギンは考えていたのだがどうにも口に出しずらい雰囲気であった。
当のイヅルは丁度風呂から上がったところでほこほこと湯気を纏いながら、お風呂頂きましたと平淡な声で報告した。
先に風呂を済ませていたギンはイヅルを待っていた。
だからって、これと言って事態が好転する気配は無いようである。
 
「なあイヅル」
「はい」
「なんや、怒っとる?」
「いえ別に」
「…………」
 
淡々と過ぎる時間に耐え兼ねて、ギンは布団に逃げることにした。
 
(冷たいイヅルに耐えられん……あかん、取り敢えず明日考えよ)
 
後ろ髪を引かれつつも、居間を抜け出す。
廊下に出て曲がったそこは寝室である。
障子を開けて、ギンははてと首を傾げた
十畳ほどの部屋には布団がひとつだけ。
しかも畳まれた状態だ。
真っ先にギンのあたまに『イヅルのお誘い』なんてことが浮かんだが、先程の彼を思い返すと自信がなくなった。
すぐにギンはイヅルがギンの布団を準備し忘れているということに思い当たる。
元々暇とは言えない隊務。
加えて隊長が不在だったのだから少なからず副隊長の苦労は増えたはず。多分。
その上、今日はギンが帰ってくると分かっていたのだから色々とその準備もきまじめなイヅルはしていたはず。
さっきの食卓だって、何だかんだで普段より手の込んだものだったのだ。
布団のひとつ忘れるのも仕方あるまい、とギンは奥の押し入れを開けて、仕舞われていた自分の布団を引っ張り出す。
 
「あら?」
 
よくよく見るとそれは自分の布団では無かった。
ギンとイヅルはそれぞれ違う柄の掛け布団を使っていて、押し入れに入っていたのはイヅルの方の模様をしていた。
ということは、とギンは抱えた布団を下に置いて既に出されていた布団を広げてみる。
やはりそれはギンの布団であった。
 
「…………」
 
暫し自分の布団を見つめるギン。
突然居間の方から茶碗をひっくり返したような音がしたと思うと、廊下を慌てて走る音が近付いてきた。
勢いよく寝室の襖が滑った。
 
「ああああああいい市丸隊長!申し訳ありません!」
 
現れたイヅルは耳まで真っ赤だった。
 
「……イヅル」
「は、はいッ」
「布団、出し忘れとったで」
「あ、も、申し訳ありません」
「ちゅーか、仕舞い忘れやんな」
「………………」
「お前ボクの布団で寝てたやろ」
「すみません!」
 
茹蛸のようになって平謝りするイヅルを見てギンは内心安堵して、そしてにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
 
「イヅ、ここ座り」
 
ギンは布団に腰を下ろし、ぽんぽん、とその隣を叩いてイヅルを招く。
相当居心地悪そうにイヅルも座った。
二人向かい合うと、単刀直入にギンは切り出した。
 
「はて。なしてイヅルがボクのお布団で寝とったんやろか」
「いや、その……なんというか。隊長の布団の方が暖かそうだったから。じゃ駄目ですかね?」
「別にええけど、嘘やったらお仕置きやで」
「ああ、はい。ごめんなさい今のは無しでお願いします」
「うん。ほんならなして?」
 
問い詰めるとイヅルは、ふいっと下を向いて分かっていることを聞かないでください、といったようなことをもそもそと呟いた。
なんていじめがいのある子なのだとギンはつくづく思った。
 
「ちゃんと言われなボク分からんわ」
「う」
 
ギンは悪意の無い言葉で強制した。
だから言ってくれ。
イヅル。お前の口から言ってくれ。
 
「さみしかったんです」
「うん、ボクも」
 
ぎゅっと寄り添う体を抱き締める。
 
「ただいま。イヅル」
「おかえりなさい。市丸隊長」
 
そうしてギンが帰ってきてから初めてキスをして、愛を口にして、二人で一つの布団で眠った。
さみしさなんてもうどこにもない

 
〜おまけ〜

ふとんのなかのはなし

 

(20111114)

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