「いづる、いづる、ずっとボクのそばにおって、はなれんで、おいてかんで」

震える声。
今にも崩れそうな体。
其れを支える僕は、一体どんな表情でこの人を視ているのか。
彼は、市丸ギンは、残忍な程に強い。
其の振る舞いは傍若無人と言っても良く、外道の権化と表現するのは過言でも過剰でも無い、只の写実表現だ。
吐き気がする程惨たらしい行為にも、一切の容赦も躊躇いも存在しない。
ただただ、己の持つ力を子供のような無邪気さで振る舞うだけ。
発する霊圧は、当てられるだけで死の淵に追いやられる気持ちにさせられる程、濃密な狂気と怜悧さに満ちている。
何物にも臆することなく、常に崩すことのない微笑を浮かべて、嘲笑い、弄び、壊す。
市丸ギンとは、そういう男だ。

……それなのに、今のこの人は何だ。
お願いやと譫言の様に繰り返し、弱々しく縋って来るこの人物が、自分の敬愛する彼と一とはとても思えず、自分の目を心底疑った。
今や彼は、平常のあの薄気味悪い笑みすら捨てて、張り詰めて直ぐにでも切れそうな糸のように危うい表情を浮かべている。
死覇装の裾を掴む手は、微かに震えてさえいる。

「もう、だめなんや、いづるがおらんと、ボクは」

悩ましい程に喉を震わせてする懇願は、この人にとって似つかわしくない真実味を帯びていて、僕をひどく混乱をさせる。
この人が是程にまでに崩れ落ちて、何処までも真摯に僕に請うと言うのは、彼お得意の嘘のようにしか思えなかった。

「……なにを、いっておられるのですか」

混乱も戸惑いも、心中の事象を全て包み隠して僕が発した言葉は、浅ましい程に優しい。
ただただ、優しい顔をして、宥めるように彼を支える。

(……この人は、僕に傍に居てくれなどと願うのか?)

囁く懇願の意味を理解すると、柔らかい表情を浮かべながら、僕の心は何処までも冷めていく。
何て下らないんだろう。
馬鹿馬鹿しい。
貴方が、このような姿になって、剰え懇願などしてまで望むのは、其れなのか?
すーっと腹の底から冷えるように感じたのは、他ならぬ確かな失望。

「ここにいて、おねがいやから、ボクをひとりにせんで」

余りに彼が必死なものだから、僕は率直に馬鹿馬鹿しいと笑ってやりたくて仕様がなかった。
なんて愚かな人なのだと、知る由も無いと思っていた彼の愚昧さに心底呆れた。
物も言えなかったが、僕はただただ何も知らない振りを続けて微笑んでいる。
この人が請うまでもなく、僕はずっと此処に、彼の傍に居ると心に決めているのだ。
僕は、あなたを置いて失せる事などしないのに。

何時の日か、離れて遠くに消えてしまう。

其れは最初からあなたの方。

ふ、と俯いていた彼が顔を上げてその眦に浮かぶ涙を見たとき、此が痛いほどの彼の真実なのだと理解してしまって、自分とこの人の救いようの無さに泣いてしまいたかった。

…………
いつか置いていかれると知っていて、知らないフリをするイヅルと、
いつか置いていくと分かっていて、傍に居てくれと懇願する我がままな市丸。
報われない忠誠心と、恋心。

タイトルは林檎嬢「光合成」から。ちょくちょく林檎要素が入る予感。
 

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