恋人に一度は聞いてみたい質問。
「イヅルはボクの何処がすき?」
そんな質問を投げ掛けながらひょいっとイヅルの顔を覗き込む。
すっと通った鼻筋や、伏し目気味のまぶたの先で揺れる長い睫毛など、彼の端正な顔立ちは左から見た横顔が一番映える。
ああ、今日も別嬪さんやなあ、とついつい見惚れてしまうのも仕方あるまい。
陶器のような肌の感触を思えば指を滑らせたくなるのだが、取り敢えずそれを我慢して視線を這わせるに留める。
好き好き大好き愛してる。そんな熱視線。
だけれど彼のさらさらと流れるように筆を動かす手は止まらない。
止まらないので、視線は文机の書類に固定されたまま。
先ほどの質問は聞こえなかったことにされているらしい。
暗にうるせえ仕事しろと言われているのかもしれないが気にしない。
「ボクはな、イヅルの全部が好きや」
しばらくは聞き流されそうなので、こちらから一方的に続けることにした。
なんだかんだで聞こえているはずなので、アプローチ次第では態度を軟化させるかもしれない。
「その薄ーくキラキラした髪とか、触り心地の良え肌とか。いつもボクの三歩後ろ歩くとことか、イヅルの『隊長』って呼ぶ声とか。なんでも知っとる賢いとことか、生真面目で頭固いとことか。美味いお茶煎れるとことか、あやとり上手なとことか。ほんまはその気なのに嫌々言いよるとことか。『仕方ないですね』ってあきれて笑ろた顔とか『仕事してください』って怒りよった顔とか。全部ぜーんぶ大好き」
連れないからって媚びに行ってる訳ではない。紛れも無い本音だ。
語尾にハートマークが踊り狂った赤裸々な物言いに、同じ空間に居合わせてしまった隊士達がかなり居心地悪そうにしていたが、関係の無い話である。
部外者でさえ頬の赤らみは隠せないでいるというのに当事者である彼の顔色に変化はなかった。
普段通りの白け顔……もとい白い顔。
これではシカトどころか興味の無い赤の他人事である。
うーむ。
今日のイヅルは手強い。
「なあ、イヅルはボクの何処が好きなん?」
「顔」
予想の斜め下から勢いよくアッパーを食らわされた気分だった。
その間も紙面には流麗な字が綴られていく。
「…………」
「え、しかもほんだけ?」
彼的な自分の好所はたった一言だった。
「僕、面食いなんですよ」
畳み掛けて彼は言う。
遠回しに顔だけの男と言われた。
「市丸隊長のお顔大好きですよ」
イヅルさん、好き言うんならせめてその顔を見ながら言わはってください。あと不思議なくらい嬉しゅうない。
目と目を全く合わせないで会話をするというのはなんだか無視されてるのと変わらない虚しさがあった。
そういえば、藍染と話すとき実は一切目を合わせていなかった。
彼もこんな虚しさを味わっていたのか、と思えど一向に目を合わせようとする気概は湧かなかったが、それはともかく。
イヅルの面食い発言のショックからは立ち直れていないが苦し紛れに言う。
「いや、ほらこれでもボク3K兼ね備えたりしてんのやけど」
3Kとは高身長・高学歴・高収入という男性のステータスの略称である。
死語ということはともかく世の女性たちに3K好きは勿論多い。
イヅルは言う。
「まあ僕もですけどね。隊長には及びませんが」
そういやそうだった。
そもそもイヅルは女性ではない。
「この訛りなん、ようエキゾチック言われとる」
「とっさの時に指示が伝わりずらいですから標準語に直された方が良いと思いますよ」
「こないにちまっこい頃から席官成っとった実力はなかなかのもんやろ」
「十一番隊じゃああるまいし戦闘だけで内務がちゃらんぽらんな隊長って如何なものでしょう」
「人当たりが良くて、接しやすいって評判なんよ」
「のらりくらりとした甘言がお上手ですからね。心根にも無いことをさも本当のようにおっしゃられることに関して貴方の右に出るものは居ないと思っておりますよ」
何故かイヅルは目線を合わせないまま、にこりと魅力的な笑みを浮かべている。
一見すれば書類に微笑んでいるようだった。
長所と呼ばれているものを挙げれば挙げるほど、何だか全人格を否定されている気がしたので列挙するのは止めた。
しかしこのまま泣き寝入るのでは市丸ギンの名が廃る。
「いやいや、ちょお待ちイヅル。流石に顔の他にも色々あるやろ?ちゃんと教えてえや」
イヅルのいけずう、とバカップル宜しく額をつついてみたが、内心はよもや本当に顔だけやなかろうなとらしくもなく汗だくだった。
「市丸隊長」
イヅルがこちらを向いた。
湛えた笑顔は道を行けば百人はのべつまくなしに恋に落とすであろう、彼の愛らしさや清廉さやその他諸々がたっぷり詰め込まれた魅力の塊のようなものであるのにも関わらず、出自不明の背汗が止まらない。
持ち上げた腕から白魚のような指が伸ばされ、なまめかしい動きで唇をなぞられた。
悪寒のような、非常に良くない意味で体が強張った。
「本当、綺麗なお顔をしていらっしゃいます」
イヅルが言った。
近付いた瞳は言葉の通りうっとりと細められた。
「お慕い申しておりますよ。勿論。髪から眉から耳から瞼から眼球から鼻から唇から皮膚まで一つ余さず愛おしく思ってなりません」
触れられた箇所からひやりとしたものが流れ込んでくるようで、既に身体が生まれて3秒の小鹿のようにぷるぷる震えていた。
あの市丸ギンが。
そう思いたいところだが他の隊士たちもぷるぷるするのに忙しくそれどころではない。
「ですので、別に無くとも良いのです」
妙に力強く明るい声。
にっこり。
イヅルは愛らしい笑みを浮かべている。
いつの間にやらもう片方の手には始解した愛刀。
「仕事もせず役にも立たない隊長の首から下が無くとも、僕は何も構わないのです。大好きですから、そのお顔」
ひいいいいいいいやんでれええええ。
完全に腰は引けていた。
囲むように当てられた佗助の刃が首筋と肝を底冷えさせる。
「いいいいづるさんあの、ほんまごめんなさい、すいません」
「良いんですよ、別に。隊長が気に病まれる必要はありませんよ。僕は市丸隊長がいらして下さればそれで良いのです」
頭部限定で。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいい堪忍しはってくださいいいい」
もう顔だけで良え!
余計なこと言わんし、仕事もするし、顔だけで良えさかい斬首は勘弁しはってえ!
大体「顔だけ」の意味が違い過ぎる。
プライドとか世間体とかをかなぐり捨てて泣いて土下座しかねなかった。
ふっ、とイヅルが笑顔を止めた。
「……冗談ですよ」
何かが抜けたように白け顔に戻ったかと思うと、佗助を下ろしてぷいっと再び書類の方に行ってしまった。
「え?イヅル?」
「早く仕事なさって下さいよ」
「あ、はい」
敬語が出た。
いつになく自然な流れで文机に向かって、筆を取ってしまう。
それを見ていた隊士らの間にざわめきが走った。
墨を刷りながらそおっとイヅルの方を伺うと何事も無かったような顔で書類をこなしていた。
「どっからどこまでが冗談なのか全然分からへん……」
狐にでもつままれた心持ちだった。
流石に首を切り落とそうとしたんは冗談なんやろうが、と鞘に納められた佗助に目を移す。
何より、冗談じゃないと困る。
(で、結局イヅルはボクのどこがすきなんやろう?)
そう思って、すぐ懲りていない自分に気付いた。
さして反省しない性分とは言え、先程のイヅルの笑顔を思い返すとぷるっと身体が震えた。
せめて今日は大人しく仕事に励もうと腕を捲りかけた。
「仕事さえしてれば、大体好きですよ」
イヅルが言った。
「え」
彼の方を振り向くとやはり黙々と下を向いて仕事をしていた。
その素っ気ない様子を見ていると先程の声は幻聴ではないかという気がした。
だがしばらく見つめていると、彼もこちらの視線に気がついているのだろう、徐々に肌に朱が浮いてきた。
(……うわぁ)
腹の底がふわふわと温かくなって、そこからゆっくりと高揚するものを感じた。
それを噛み締めるために机に突っ伏すようにして下を向いた。
心臓が無意味に煩い。
ゆるゆると頬の締まりが悪くなっていく。
嗚呼、ボクって案外単純なんやなあ。
イヅルがボクをすきって言っただけやのに。
「っふ、ふ」
堪えきれず歓喜の声が漏れた。
気味が悪い、と誰かが呟いたが聞こえないも同然だった。
顔を上げてもう一度彼の方を見ると、頬の赤みは消えていて、けれど何処か歯痒そうな彼の表情で、先程の赤面も見間違いや幻覚でないことを確かめた。
緩みきった声で彼の名を呼ばずにはいられなかった。
「イヅル」
「はい」
「イヅル」
「なんですか」
イヅルは顔を上げない。
ボクは言った。
「ひざ枕して」
「は?」
反射で反応したイヅルとようやくまた目が合ったのでボクは少し満足した。
「お仕事終わったらや。終わったら、あったかな日当たりの良え場所で、イヅルにひざ枕されて昼寝したい」
ええ?とボクはお願いした。
イヅルはちょっとだけ黙った。
それから呆れたようにちょっとだけ微笑んだ。
「仕方ないですね。仕事を終えた隊長になら構いませんよ」
(ああ、それボクの好きなイヅルの顔や)
まあ、全部好きなんやけど。
何だか、どこが好きだとか面食いだとかが一気にどうでもよくなってしまった。
ボクはイヅルが好きで、彼もボクを好いてくれている。
ならそれで良い。
それだけでもう大満足だった。
急がないと日が暮れてしまいますよ、とイヅルが言った。
空に目をやれば太陽が一番高いところより少し西の方に居た。
暖かな日差しの中で、イヅルの膝に頭を寄せてぬくぬくする心地良さを想像すれば、如何とも逃し難い。
是が非でも間に合わせたる!とボクはイヅルに請け合って、いよいよ気合いを入れて腕を捲った。
(今日もボクはイヅルが大好きやなあ)
…………
イヅルたんがつんでれでたいちょが阿呆くさくて、げろ甘い。
20120229.