「イヅル、しよ」
明かりを消した部屋の中でも、イヅルの白さは浮かび上がるようだ。
首筋に顔を埋めて、透き通った血管の青さに市丸は感嘆の息を漏らす。
夜の帳が下り蝋燭も消された室内では、窓から覗く月だけが唯一の光源だ。
薄い月明かりが青白い肌を撫でる様が、薄暗がりで発光しているようにも見えて、ひどく淡麗だった。
しかし端正な顔に浮かぶ表情は、其の身に浴びる月光のように何処までも無機的だ。
「……なりません」
「ええやん。な、しよ。イヅル」
「御止め下さい、隊長」
極めて柔らかな市丸の口調と対照的に、イヅルの口振りは硬い。
咎める素振りも無いが、受け入れるつもりも無い。
大人しく市丸の腕に抱かれながらも、至って事務的な反応だ。
「ボク、イヅルが好きやで」
「はい」
「ボクのこと好きやろ?イヅル」
優しく耳元で囁いてやるとイヅルはびくりと身体を震わせた。
市丸はそんな反応を素直に好ましいと思う。
不意に堪らなくなって、耳裏から首筋を伝った鎖骨にかけて舌を這わせた。
頭越しにイヅルが息を呑む気配を感じる。
ぴちゃりと音を立てて舐めた首もとに無遠慮に吸い付いた。
噛み付くようにしてやると、白かった肌に赤色がひとつ浮いた。
同じような事を満足のゆくまで繰り返した。
市丸が好き勝手にしている間、イヅルは息を詰めたり、身体を震わす意外に反応はしない。
「……っ」
何時もそうだ。
市丸が欲しがり、イヅルは其れを肯定しない。
そのくせ戯れ程度には好きにされている。
「イヅル、好き」
「はい」
浮いた朱色に口付けて言うと、イヅルは静かに頷いた。
市丸がイヅルの首筋から顔を上げれば、あれほど青白かった頬にも薄らと朱が混じっている。
イヅルは何も言わないが、一目瞭然だと市丸は思う。
細い輪郭に手を添えて、唇を重ねた。
「ん、……っ」
「しよ」
「駄目です……」
「したい」
「止して下さい」
頑ななイヅルの態度に、やり切れないような、何とも言えない感情が市丸の中に広がる。
少し触れただけで泣きそうになるぐらいの想いをイヅルは市丸に抱いている。
だと言うのに何がそれ程までにイヅルを留まらせるのか。
「ボクもイヅルも両想いなんに、なしてあかんの?何があかんの?」
イヅルは何も答えない。
伏し目がちの睫に月明かりを乗せて、色のない表情で市丸を見つめるだけ。
「ボクとすんの、嫌?」
イヅルは首を横に振った。
「じゃあなして?」
「………………」
「イヅルが欲しい」
「っ」
「イヅル」
「……なりません」
静かに静かにイヅルはそう言った。
沈黙が夜に響く。
毎晩、毎夜の事だ。
やり取りは最早習慣染みていて笑える程。
何度繰り返そうが、イヅルは黙して語らず、市丸は其の沈黙を読み取れない。
理解に至ることは無い。
其れでも今夜もまた不変を演じ直すのは、惰性なのだろうか。
「……イヅル」
分からない。
「これは命令。ボクのお相手、して」
変わらない。
「……はい。市丸隊長」
『命令』によって、漸くイヅルは肯定の意を返す。
従順に首肯するイヅルの頬を、生温いしずくが伝っていった。
ぽとりと落ちる涙を視界の端に捉えながら、市丸はイヅルを畳の上に組み敷く。
自身に覆い被さる市丸を見上げながらも、イヅルは零れ落ちる涙を止めようとはしない。
其の涙の真意も、イヅルの思惑も、市丸には分からない。
不可視に戸惑い躊躇い、そして忌まわしく思いながら『命令』と言う言葉で妥協するだけだ。
こうしてイヅルを従わせるのは不本意意外の何物でもないのだけれど。
イヅルの衣服を剥ぎ取れば、昨夜の行為の痕が生々しく露になった。
其れが疎ましいようで、愛おしい。
悶えるような感情は、彼を快楽へと追いやる行為に没頭することで忘れることにした。